初のiTunesでの映画レンタル。
DVDより場所を選ばず便利。これでapple TVがあったら最強だな。。。
さて、
映画の物語は近未来。
アンドロイドと人間の共存する世界。人間はどうしてもアンドロイドのことを機械扱いしてしまう中、人間的な交流の可能性を示唆する。
人間からの依存と、アンドロイドからの理解。
人間とアンドロイドという、明らかなる前提の違い。
しかし、それは現実世界での区別とも受け取ることができる。
人種、民族、階級、職業、格差、、、
そして、使う身使われる身。
もはやそのような視点で見えてきて
しかたがなかった。
常日頃から、自らの中の先入観によって、相手のことを決めつけたり、態度を変えたりしたくないと思っているからこそかもしれないが、「分かっていつつも」という部分をぐさぐさつつかれた。
(上記と思っている以上、自分の対応としては、望まぬことになっている自意識&無意識があるに違いない)
今、自分の身の回りの人で、そのようなわかりあいにくい相手とのコミュニケーションが常にいる人は少ない。それだと毎日疲れて仕方がないと判断し、長い目で見て避けようとするだろうから。
ただ、その中で、常にその環境にいるとして、フラットに生きていかなければならないと強く思う。思い直す。
最近ちょくちょく思うこととして、
今後数百年間での、
人間の(文化的)進化(=最適化?)は、
コミュニケーションと情報(の取り方・扱い方etc)をエサとするのは間違いない。
ということ。
都会の情報流通に触れている人いない人。WEBを見ている人いない人。海外に目を向けている人いない人。
大きな大きな生物的な岐路に立っている気にさえなる。。。
このような妄想を膨らませてしまうほど情報化の波の中で揉まれている(と思っている)自分の視点はこんな感じだ。
今後も、さらに違う視点を取り入れながら、もっと突っ込んでいきたいと思う。
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