2011年4月30日土曜日

ラーメン2011-39-19 二郎関内カムバック達成したもののやはり印象はまるで違う

line in order


Taken at ラーメン二郎 横浜関内店

cosmic leaves

estimaHV

氷川丸

dogs walking

水は水

bldgs


Taken at 山下公園

口説いたり

しぇんごくじぇだい

横浜のタワー

harbar


Taken at 山下公園

VFR400R 87' と八重桜


Taken at 東の街

強風波浪注意報

今年初


Taken at 鵠沼海岸

2011年4月24日日曜日

ラーメン2011-35-19 まさかの二郎はしご めぐじろう

Instagram落ちにより写真あげられず。。。

ラーメン2011-34-18 二郎 新小金井街道店 乳化系(ミニ)


Taken at ラーメン二郎 新小金井街道店

バイク解禁 遠出して向かった先は

「マトリックス トリロジー」を見て

「マトリックス トリロジー」を見て 2011年3-4月@Blue-lay DVD ★★★★★

 

 いわずと知れた、マトリックス3部作の集約セット版。

 震災から続いていた、ソーシャルメディアやバーチャル空間との関わりについて、

より深く考えたいと思いから閲覧。

というか、リアルとバーチャル、人間と機械(使う人と使われる人)、生命の限界、

人間の可能性、などについて、未来に思いを馳せたかった。

 

マトリックス(1作目) が何といってもたまらない。

基本マトリックスが話の中心になっていて、現実(機械上位社会) とのギャップが切なくなる。

 

いままで現実だと思っていた世界は、機械が見せていた夢(作っていた世界) という点。

人間は自らのエゴによって、機械を発展させた挙句、機械に取って代わられるという世界観。

これらに強く共感する。

 

共感する、というと不思議かもしれないが、

自分が、世界や人間の未来を悲観的に捉える一人であり、

 この映画の世界がとてもありえる(想像している)世界に近いと思えるという意味での共感。

(科学的なことも含めて)

 

途中のこんなセリフに鳥肌が立つ。

「気づいたんだ、人間は実は哺乳類では無いと。この惑星の哺乳類はすべて本能的に周りの環境と自然均衡を築こうとするが、君ら人間は違う。一つの地域に移っては増えては増え、増え続ける、全ての資源を消費しつくすまでだ。唯一、君らが生きていく道は、別の場所へ拡散していくこと。
これと同じことをしている生物がこの惑星上に他にもいるんだ。わかるかい?  ・・・ウイルスだよ。」

 

その瞬間に、シャーレの中でウイルスがものすごい勢いで広がっていく様子と、

地球上に人間がものすごい勢いで広がっていく様子が頭の中で重なる。

そして、同時に、資源を使い倒し、どっちかといえば、資源を自ら製造できる力を手に入れていく、

という、人間の長い歴史がぼんやり頭に浮かんでくる。

  (ようやく再生の時代といいながらも、その根本的解決はできないまま(人類の総意としてはする気が無いまま)。)  

 

次のように思ってしまいがちだが、

人間が生物の中で、もっとも優れている、という感覚を持ちたくないと思っている。

「地球のウイルス」というくらいに思っていたほうが、

(少なくとも自分くらい)は、地球に悪いことを少しでもしないような生き方ができるのでは、という感覚。

 

自然に囲まれ、人に恵まれ、美しい人生を送るという意味では地球が好きだが、

かといって、別に地球を守りたいという高尚な気持ちがあるわけではない。

単純に、あまり、自分の生が、地球というものの生に対して、汚したくないな、という感覚。

便利になったからといって、それが当たり前になりたくないという感覚。

その気になれば、石器時代に戻ってもいいんだよ、というくらいの想像。

何万年分も有害なプルトニウムを 作り続けてまで生活(&贅沢)したいですか、という疑問。

 

 

そして、リローデッド・レボリューションズになると、その人間たちの抵抗物語になる。

はっきりいって、もはや完成されつつある機械文明にかなう術もないから、

そこに、主人公として肩入れする気持ちは毛頭無かった。

 

ましてや、必死に生きている人間たちは、

機械への電力供給のための効率的なシステムの一部として利用されていたと知って、

さらに絶望に値する。

 

望む少数の人間をマトリックスから話し、コミュニティを形成させる。

一定の期間を経て、再構成のために、それを殲滅させる。

5度目位だといっていた気がする。

その輪廻転生具合も達観視点を与えてくれるひとつ。

 

バグや修正プログラム、自制プログラムなど、

プログラムの世界がとてもいいように人間界と混じりあい、

人間たちの構造を皮肉的にあぶりだしたりする。

 

最後、 トリニティも息絶え、

人類&機械文明の救世主となり力尽きるネオ

形ばかりの「共生」は「平和」というハッピーエンドに見えつつも、

最後には、設計者と預言者が語り合う。

自分には、殲滅の先延ばしであり、何の解決にもなっていない、としか受け取れなかった。

 

次のような解釈もあるようだが、 そこまで楽観的には思えなかったりもする。

設計者と預言者が語り合ったのこそが、最上位の世界(いわば僕らが生きる人間界)で、

機械が支配する世界とマトリックスがさらに複層的なシミュレーション:

そのような時代にどううまく存続できるかを試すシミュレーション

 

いまさら、こんな議論をしてくれる人は少ないと思うが、

こういうことを考えるのは大好きだ。

 

 

 あぁ、長くなってしまったので、おしまい。

 

 

腐った金ピカの夜

とても仕事が大変だったころに自然とできた歌。

 

 

腐った金ピカの夜

  作詞・作曲:らいてぃ 

 

闇夜の街を歩く 僕一人だけ

街頭の灯り くすんだ色して

取捨選択だけは出来ると思ってた

でも、そうもいかない  不条理の世界

 

壊れかけの自分から出る音は

いつも低くくぐもっていて

心の中を駆けめぐる闇

遠い将来(みらい)を見ないふりしてる

 

金色の満月をゆっくり見てるよ

そして、僕は走り去ることなく泣く

ちっぽけな自分の信念(おもい)

グッと握っている だけど今は

耐えるだけのいつもの日々

月だけは金ピカ

 

澱(よど)んだ目からは 鱗も出やしない

賞味期限切れのビール飲み干して

自分のことを 肯定してみる

でも、躁(そう)にはなれない無情な僕かい?

 

はがれかけの 自分のプライドは

半端なまま 無駄に抵抗していて

この頃 どこが答えかわからない

近い足下(みらい)も決めかねていて

 

赤銅(しゃくどう)の満月はゆっくり堕ちていく

そして、不安拭い去ることなく泣く

くっきりと想った 姿は

歪曲の極みさ だからまさに

強くならんと思うとき

次の陽が昇る

 

♪ TyDi & Dennis Sheperd feat. Marcie- Somehow - Marcie

Media_https3amazonaws_lmrwz

mysterious voice...

「わたしを離さないで」(カズオ・イシグロ)を読んで

「わたしを離さないで」(カズオ・イシグロ)を読んで 2011年4月 ★★★★★
Media_httpec2imagesam_vilgc
via amazon.co.jp
【ネタバレですが、見ても本作を楽しめると思います】 

映画を見た後に、原作を読むことは少ない自分が、
映画からただならぬ雰囲気を感じた一作として読了。
読んでて、映画のシーンが浮かぶ浮かぶ。

映画化に際して、物語の細かいところはうまく整理されていたものの、
原作の大きなところは変わっていない。
読んでてありがちな違和感は無い。
高めあいながら、より深みにはまっていくことができた。

主人公キャシーが、人生の最後に、
自分の一生を振り返りながら書いた手記のような体裁によって、
最後まで読んだ時、その一生を一緒に歩んだ気になる。
そして、たまらなく苦しくなる。

映画を見たときにも思ったが、
これは、決して決して、単純お気楽なラブストーリーなんかではない。 
イギリスで当然のように行われてきた遺伝子研究と、
DNAクローン・臓器提供(という設定) 

その中でもできるだけ人間的に生きてきた彼女ら彼ら。
当人たちが生きてきた中、どのような気持ちだったか、
また、周りの普通の人たちの世界とかかわった上で、
それがどのように見えたのか、 
なんだか不思議な感情移入で読んでいる自分がいる。

もっと言うと、彼らの中でも特別で、
頭がよい人、提供がなかなかやってこない人、としてキャシーは、
ちょうど普通の人たちとの狭間に位置する人だったのだろう。

だから、最後の方で、
普通の世界の方から彼らにかかわっていた先生たちと対峙するシーンなんかは、      
逆を向いた二つの放物線が接するわずかな瞬間のような、ある種のもろさを感じた。

キャシーの周りの同士は数度の提供の後、
若くして臓器がなくなっていき、弱っていく。 
そして、使命を終えて先に死んでいく。   

僕らが臓器提供のことを考えるときに必ずついて回る考え:
「誰かの臓器」という、ある種の後ろめたさについて、
一切作品の中に出てこないところが、一番のキモなのだろう。

うまく隠されて「提供」という使命が正当化された人生。
その不条理さと違和感を受け入れている主人公に、とてつもなく苦しくなる。

残念ながら、そこに救いは無い。
だから、ハッピーエンドの話でもなんでもない。
それでもいいから読んでよかった。 

 

2011年4月17日日曜日

「食べて、祈って、恋をして」を見て

「食べて、祈って、恋をして」を見て 2011年4月16日@iMovie ★★☆☆☆

 

 病院に拘束された時、見ようと思ってたもうひとつの作品。

借りて1ヶ月で期限が切れてしまう、appleの戦略ですでに2本、借りたまま期限切れを迎えていたが、

3本目には、何とか救出できた。有効期限、残り1時間(再生開始が。)

 

再生したときに、期限が切れた後に、停止したら、その瞬間に見れなくなります、だって。危ない危ない。。。

 

 

さて。

 

とにかく、世界中を旅する映画が見たい、という欲求で見たいと思っていたので、概ね満足。

 

女子の、人生への迷いと、自分探しの旅というテーマに対しては、

何の共感も求めていなかったが、意外に考えさせられた。

 

落ち着いているように思っている自分が一番乱れていて、

他人から選択しながら影響を受けようと思っているうちは、ぜんぜん守りだったりする。

そんなことをいっていたような気がした。

 

言い換えれば、他人との共通の領域でバタバタしているだけでは、

自分は無いといっても過言ではないということ。

 

バランス、って難しい。。。

 

 

しかし、これを見て、旅に行きたくなる人と友達になりたいと思った(笑)

なんといっても、イタリア篇の、ピザやスパゲティのうまそうなこと。

会話と包丁の音の交互のシーンなど、リズミカルで音楽のようで気持ちよく、

英語とイタリア語の掛け合いなどは、よだれを出して見ながら、

(自分は英語が母国語じゃないから、そもそも無理なのに)追いかけたい気持ちになった。

 

恋に関しては、女子目線なので、困った。

 

 さて、いろんな案件で、出鼻をくじかれた29の春(自業自得で)

出るのは鼻水ばかり。出鼻水。

 

どうやって攻めていこうかな。。。

 

ラーメン2011-32-18 めぐじろう 相変わらずの土日大行列


Taken at ラーメン二郎 目黒店

2011年4月5日火曜日

「私を離さないで」を見て

「私を離さないで」を見て 2011年4月1日@Bunkamura ル・シネマ ★★☆☆☆

 

【ネタばれですが、読んだほうが見ごたえは増すと思いますw】

 

「映画史上語られたことない秘密」 なんてお得意のヒキ文句に言われて、

確実に期待はずれになるから期待しないで見ようと思ったけれど、

結局期待はずれに終わってしまった。

 

そもそもは、ウォールストリートで知った、キャリー・マリガン の演技見たさに行ってみた。

確かに、彼女の演技には、入り込むものがあるというのはこの作品でもすばらしいもだった。

嫉妬により、幼少のころ彼氏候補を取られた親友との心のやり取りは、

女子ならずとも苦しいものがあったし、

少し賢く、空気を読むさま、冷静に状況を先見する力があるさまを、

彼女はうまく表現できていた。

自然すぎて、

演技というものが、とてもプロフェッショナルな技術だと思いさえした。

 

それはある程度堪能できたのだが、

問題はそこではない。

 

ひとえに気になるのは、

結構暗いテーマを扱うこの映画を軽々しく誘う誘い文句だ。

 

中身を語ってしまっては、来客が減るというのはわかるが、

ここまでだと、なんの映画かもわからずに来てしまう。

「秘密」 って何だろうと、大掛かりなサスペンス的に来てしまう。

「私を離さないで」 というタイトルから、恋物語だけを想像してしまう。(自分だけ?)

(タイトルの和訳も微妙に思えてしまう。"Never Let Me Go”を恋的なニュアンスの強い邦題に訳してしまったのは正解なのだろうか。。。オリジナルのほうがたくさんの解釈が存在できる気がする。。。)

 

 

この物語は、両方を混ぜて、そして、その淡い(脆い) 3人の人間関係を描いたものだ。

ひどい運命とそれに必死で抗おうとする若者たちの苦悩。

 

きちんとDNAクローンとして誕生し、若くしてドナー生命を全うするという苦しい人生の主人公たち

の話だと思って見たかった。

 

ホントに予告篇がぜんぜん違う。

(しまいには、日本語版の字幕にあきれてきた。。。)

 

 

やはり映画を見るときの、気持ちって大切。

それに至らせる、前情報も。

 

映画の話じゃなくても、おなじだよね。

気をつけよう。

 

 

海外版予告編

 

日本版予告編