2011年5月29日日曜日

「ぼくのエリ」を見て

「ぼくのエリ」を見て @iMovie  映像美とはいえ、寒いのは苦手度★★★☆☆

 

スウェーデン発の原題は、"Låt den rätte komma in" = "Let The Right One In" =「正しき者を入らしめよ」

⇒「ヴァンパイアは招かれない限り、その家には入ることができない」という北欧の故事に由来するらしい。

 

 

オリジナル版予告編

 

やはり前情報ももって見たほうが、映画って楽しめるのかな。

原作はそんなに奥が深いんだね。。。

(ストーリーの奥深さという観点で言うと、)

原作>映画版≒オリジナル予告編>日本版>>日本版予告編 という構図がある気がしてならない。

 

日本人にはそういうことを伝える必要が無いというのだろうか?

誤解を恐れず言うならば、

本当に「去勢」させられているのは、日本人の感性なのではなかろうか。。。

 

文字で読み、想像する景色は、

自分だけの心に浮かぶもの。

自らが最も感じるポイントを含んで想像する甘美な世界。

 

映像となった、

静かな雪景色で映える、ヴァンパイアとしての哀しさを感じながら、

そんなことを想った。

 

(参考)

http://blog.goo.ne.jp/sokyudo/e/26e5011a4801313b58893e93f7040c6d

 

「17歳の肖像」を見て

「17歳の肖像」を見て @DVD  みずみずしい演技に感じた度★★★★☆

 

 原題「An Education」。

 

淡い恋物語、では無く、

若いなりに、自分の人生を賭けた様を描いた作品で好感が持てた。

17歳として自分の最大の視野で世界を見ようとして、とはいえ、

悪い大人の世界もたっぷり味わって…。

 

 とにかく、キャリーマリガンが魅力的過ぎる。。。

 

あと、個人的には、イギリス英語が華麗で好きになった。

 

嗚ゝ ラーメン2011-45-23 めぐじろう連日


Taken at ラーメン二郎 目黒店

2011年5月24日火曜日

「GATTACA」を見て

「GATTACA」を見て @DVD 未来に思いを馳せた度★★★★☆

 

97' 米、色あせない作品。DNAについてたっぷり考えさせられる。

 

「遺伝子操作により管理された近未来。宇宙飛行士を夢見る青年ビンセントは、劣性の遺伝子のため希望の無い生活を送っていた。そんなある日、ビンセントは闇業者の手配により、事故により身障者となった優秀な遺伝子をもつ元エリート、ジェロームに成りすます偽装の契約を結ぶ。」(TSUTAYAより)

 

 

 

 途中、ストーリーに若干無茶があって変なところで躓いたり、犯人探し自体がスリルになってしまって

心臓をあおられたりしてしまうところが残念。

とはいえ、こだわりにこだわった、暗喩的演出や脚本、そして未来感を追及した建物や小道具に萌えた。

極めつけは、超旧車が電気自動車として、変な音を立て、緑色のライトをつけて走っている。

フランクロイドライトの建築が出てくるなど、建築好きとしても堪能できる。

 

 この作品からは、たくさんの示唆や考えるべきテーマを見出すことができる。

 

遺伝子操作ができるようになった時代には、

お金で人間の能力を買うことができ、

ということは、貧富の差のように、遺伝子の格差が生まれ、それによって階級が分かれる。

 

社会的な差は当然として、

必然的に、 生物的にも差が出てくるだろう。

 

遺伝子だけは最高のものを求めていく流れ。

それは同時に、生まれてからの努力がしにくい環境が発生するということでもある。

 

人間の可能性というのは、与えられた遺伝子を超えて、

自らが学習し、体得していく中で、広がっていくものだ。

それは遺伝子を書き換えるところまでは行かないが、

確実に自分の一部として備わっている。

 

それは、いみじくも作品の中で言われていた。

”There Is No Gene For The Human Spirit. ”

 ⇒ 人の魂、という遺伝子は無い。

⇒遺伝子で生き方(考え方)は決められない。

と解釈できる。

 

まさに、’ひとつで、I'm possible になった瞬間のような

開けた感触が頭の中で広がる。

 

 

遺伝子は設計図なだけだ。

そうわかっている自分の人生と、

それを操作できるのかできないのか、興味がやまないもう一人の自分。。。

 

そして、ビジュアルもとても壮大。

超ミクロと、超マクロ。

生命の誕生の宇宙と、地球での母体=海。

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読み漁った、この批評コメントにグッときた。

「映画史上に残る名ラスト。」(ネタバレ注意)

http://cinema.intercritique.com/comment.cgi?u=1770&mid=4841

 

 

PS: Uma Thurman、英語だと完全に、「ウマ・サーマン」 なんだねw

2011年5月23日月曜日

「八日目の蝉」を見て

「八日目の蝉」を見て 2011年5月22日@渋谷東急 感じた度★★★★☆

 

先輩の言葉で一気に見たくなり訪問。

「みんなが平等に不幸。」 という言葉。

 

見終えて、確かに、と。

 

最後のシーン、

ついに感情をあらわにした井上真央の気持ちはリアルだった。

 

永作博美の、後ろめたさ交じりの、でも純粋な愛情もたっぷり感じられた。

 

それだけでなく、

周りの登場人物もそれぞれ不幸な点をもちながら、

必死に、否、一歩一歩生きている。

(個人的には、小池栄子がとても名演)

 

 

親との愛情、については、

やはり、考えさせられる。

 

愛情の、

量や種類、自分が受けたもの、与えたいもの。

 

途中苦しくて仕方が無かった。

 

 

四国古来のしきたりがはさまれるシーンのヒグラシが

とてつもなく哀しさを想起させた。

蝉に親の愛情はあるのだろうか。。。

 

 

ところで、

誰も悪くない、という錯覚に陥りそうになるが、

そのすべての不幸の原因は、迷わず、夫の不倫だろう。

男の自制できない本能が社会性を帯び、

不倫し一緒に暮らす。

 

女は、一緒に男との子・生活を望み、

できた子供と苦しむ。

 

不倫は、、、怖いな。

 

 

目線は、やはり、井上真央だったか。。。

 

 

2011年5月5日木曜日

「寄生獣」を読んで(もう何度目だろう)

「寄生獣」を読んで @新潟 糸魚川 ★★★★★

 

そういえば、旅の宿で読破したものがある。「寄生獣」だ。

 

確実に自分を形作る一部となっているであろうこの作品は、

いつ読んでも考えさせるものがある。

何回も読んでいると、もはやストーリーや絵ではなく、

読んだ瞬間から、頭の中でたたまれていた、そのテーマのテントのようなものがわさっと広がり、

それをベースに、さらに無限の思想が飛び散る。

 

「人間」というものを客観的に捕らえすぎて、

むしろ寄生獣側の考えが、長期間、自分の頭に「寄生」し続けてきている

という感覚にさえなった。

 

人間は人間のエゴのために生きている、という大きなテーマに、

同意してやまない。

 

それをなんとなく本能的に認めない人が多すぎる気がしていて、

これまでずっと不思議だし、その謎は解けないままだ。

 

理性に押し付けられた、人間の「本能」はどこに行ったのだろうか?

増えすぎた「地球の『毒』」と言われた人間はどう自らを浄化させるのだろうか。

 

偉くない人が高らかに言っても規模はたかが知れている。

政治家が言ってもせいぜい国規模だろう(それもあやしいが)

アル・ゴア氏のような人が言って、ようやく世界中に届くかもしれないが、

人間の総体を突き動かすほどではない、、、。

 

そんな時に登場したのが寄生獣ではないのか。

 

その彼らを殲滅すべく躍起になる人間たち。

たとえ単体では弱かろうとも、人間総体ともなると、やれることが増える。

 

 

なんだか、彼らの立場になると、つらくなってくる。

 

毎回新しい、そんな何回目かの読後感。。。

あぁ。。。

 

 

約666kmのバイク一人旅

Route666

いやぁ、走った。

観光ゼロ、うまいもの一回の旅。

ほとんど走ってしかいなかった。

でも気持ちよかったからよしとしよう。

 

途中横風にあおられて、車道の1/3くらい平行移動したりしてヒヤヒヤしたり、

おんぼろバイクすぎてNEXCOのお世話になったりもしたけど(!)、

無事に帰還できて何よりよかった。

 

思えば、高速で移動するというのは、

血管の中を流れる血液と同じような体験をしているから気持ちよいのかな、とか。

もしくは、 胎児の頃、すでに経験した自分の人生(既視感ならぬ、既人生感)をレビューできるからなのであろうか、とか。

 

今年の車検は越せないな、、、残念。

 

さて、どうしたもんか。。。

さらば日本海


Taken at 道の駅 マリンドリーム能生

2011年5月2日月曜日

『NHK ETV特集 「カズオ・イシグロをさがして」』を見て

『NHK ETV特集 「カズオ・イシグロをさがして」』を見て 2011年5月1日@NHKオンデマンド

 

「私を離さないで」 の著者カズオ・イシグロ氏の特集。

初のNHKオンデマンド。やはり、NHKの方がWEB利用が進んでいるのか。。。

 

さて、そもそも、カズオ・イシグロ氏の生い立ちが少し自分に重なり、

アイデンティティや考え方が大きく気になる。

5歳で長崎から渡英し、永住。

日本語も話せない彼は、最終的にはイギリス国籍にすることを決意するが、

その頭の中には、幼少期をすごした日本の「記憶」が宿っている。

 

大学時代、彼は、父の影響で音楽で生計を立てようと思っていたそうだが(!!)、

最終的には文学を選択する。

「自らの考えていることをものとして残すことで、形にとどめておきたかった」

と言うのが動機の大きな一部だと言っていたが、

これには自分も激しく同感だった。

むしろ、それでしか、自分が生きていると思えないとさえ思う。

 

 

彼とのインタビューの中で、分子生物学者・福岡伸一がとても興味深いことを言っていた。

 

細胞の生まれ変わりを考えると、生物の体は短期間でまったく違う物質になる。

それならば、自分を自分たらしめているのはなんなのか。

その答えとしてひとつあるのが「記憶」 ではないか、と。

 

そう思う。

脳が変われば、人が変わる。

 

「寄生獣」 が、のっとった人の体を、「この体は脆い…」的なことを言っていた気がするが、

確かに、肉体的MAX以外は変わらないと言ってもいい。

体以外の、脳がHDDであり、OSだ。

 

SFの方面に話を持っていくのはやめるが、

とにかく、「人は何を感じ、どう生きるのか」と言うことにとても興味がある。

 

 

自分の中では、記憶しか、自分をとどめない。

そんな中、他人との間で、記憶を共有し、友情・恋愛を共にする。

人生が豊かになるのは、これがあるからだ。。。

 

そんなことを思いながら、

もっと、共にする、広さ・深さを大きくしたい。

 

「劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ」を見て

 「劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ」を見て 2011年5月1日@下北沢 短編映画館TOLLYWOOD ★★★☆☆

 

自分的邦画開拓続編。

 

 

 

ネット時代の寵児とも言われる神聖かまってちゃんのことはほとんど知らなかった(モテキ6話で歌われたのを聞いた位)。

サイタマノラッパーについては、あまりコなかった。

そんな自分でも、この作品には大きなパワーを感じた。

 

引きこもりの兄を持ち、棋士に夢を持つ女子高生、

できちゃった結婚でシングルマザーのポールダンサーママ、

ニコ動にハマるその子供、

神聖かまってちゃんをネタに仕事にしようと持ちかけられるそのマネージャー、

そして、彼ら本人。

 

どの人生にも、自分の幅が狭いせいか、あんまり感情移入できないんだけど、

理不尽だったり、納得できないまま、なかなかうまくいかなかったりする

「日々の(状況の)苦しさ」は鈍痛のように効いてくる。

 

抑圧された欲望が、はじけだしたくてうずうずパワーを溜めていく。

 

そして、始まる神聖かまってちゃんのライブ。

ほとばしる、生のエネルギー。

音楽性とかではなく、メッセージ。

歌詞とかでもなく、もはやオーラ。

 

その瞬間に、それぞれの鬱屈していたものが発散される。気持ちがいい。

3本の大きなエネルギーが束なって絡み合って昇天していく感じ。

日常はまったくもって変わらないけど、

人生における「ツライ所」 が少しだけラクになる。

これからもがんばろう、という気持ちになるのが描かれている、うまい。

 

 

あ、棋士を目指し大学にいかないと決めて親と対立するあたり、

自分にも通ずるものがあったな。

 

それぞれの生き方や、音楽の仕方(ジャンル含めて) に共感ポイントがある人には

会心の一撃だったろうなぁ、と思わざるを得ない。。。

 

 

とにかく、いつも通り前へ進もう。