2011年4月24日日曜日

「わたしを離さないで」(カズオ・イシグロ)を読んで

「わたしを離さないで」(カズオ・イシグロ)を読んで 2011年4月 ★★★★★
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via amazon.co.jp
【ネタバレですが、見ても本作を楽しめると思います】 

映画を見た後に、原作を読むことは少ない自分が、
映画からただならぬ雰囲気を感じた一作として読了。
読んでて、映画のシーンが浮かぶ浮かぶ。

映画化に際して、物語の細かいところはうまく整理されていたものの、
原作の大きなところは変わっていない。
読んでてありがちな違和感は無い。
高めあいながら、より深みにはまっていくことができた。

主人公キャシーが、人生の最後に、
自分の一生を振り返りながら書いた手記のような体裁によって、
最後まで読んだ時、その一生を一緒に歩んだ気になる。
そして、たまらなく苦しくなる。

映画を見たときにも思ったが、
これは、決して決して、単純お気楽なラブストーリーなんかではない。 
イギリスで当然のように行われてきた遺伝子研究と、
DNAクローン・臓器提供(という設定) 

その中でもできるだけ人間的に生きてきた彼女ら彼ら。
当人たちが生きてきた中、どのような気持ちだったか、
また、周りの普通の人たちの世界とかかわった上で、
それがどのように見えたのか、 
なんだか不思議な感情移入で読んでいる自分がいる。

もっと言うと、彼らの中でも特別で、
頭がよい人、提供がなかなかやってこない人、としてキャシーは、
ちょうど普通の人たちとの狭間に位置する人だったのだろう。

だから、最後の方で、
普通の世界の方から彼らにかかわっていた先生たちと対峙するシーンなんかは、      
逆を向いた二つの放物線が接するわずかな瞬間のような、ある種のもろさを感じた。

キャシーの周りの同士は数度の提供の後、
若くして臓器がなくなっていき、弱っていく。 
そして、使命を終えて先に死んでいく。   

僕らが臓器提供のことを考えるときに必ずついて回る考え:
「誰かの臓器」という、ある種の後ろめたさについて、
一切作品の中に出てこないところが、一番のキモなのだろう。

うまく隠されて「提供」という使命が正当化された人生。
その不条理さと違和感を受け入れている主人公に、とてつもなく苦しくなる。

残念ながら、そこに救いは無い。
だから、ハッピーエンドの話でもなんでもない。
それでもいいから読んでよかった。 

 

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